
「自転車少年記」 竹内真 新潮社
自転車マンガの金字塔「シャカリキ」では、物語りの終わりに「少年の頃、誰もが一度は自転車に出会う。ほとんどの人にとっては一時的な邂逅だが、一生のかけがえのない存在になった人たちもいるのだ…」といった文章(手元にないのでうろ覚え)で感動的に締めくくられるが、この本を読んでいる最中、その文章を幾度となく思い出した。
この本は、人生に自転車がかけがえのない大きな部分を占めるようになった人のための物語である。
初めて自転車に乗った瞬間。上れないと感じていた坂への挑戦。自転車で海に行く冒険。ツーリング。恋。打ち込んだ部活動における頓挫。目的もなく、心の欲するままに走るロングライド…。
全編書きたいことを全部盛り込んだような愛にあふれていて、かなりの大部だが一気に読了。読んでいて幸せな時間を過ごせた。
特に少年期の心情を描いた前半部が素晴らしい。大学~社会人時代は少し生々しく、時に読んでいてわが身に思い返して身もだえするような恥ずかしさを感じたりもした。最後の、息子が初めて自転車に乗るという体験を親として見つめるラストは胸が熱くなる。これ以上ない感動的なフィナーレだ。
終盤には某有名グランフォンドをモデルにしたエピソードが登場するが、大規模自転車イベントの開催に伴う事故や法規、参加者のモラルや意識に関する問題提起が語られている。ノスタルジックな小説全体のムードにそぐわない気もするが、言わずにはいられない思いがあるのだろう。

「自転車三昧」 高千穂遥 NHK出版生活人新書
自転車の種類ごとにその活躍するシチュエーション、効果的な使用法、購入の際に意識すべきポイントなどをまとめた入門書。特にロードバイクを購入しようと考えているが、乗らなくなってしまうのが不安な人に「ロードバイク 思想編」は非常に参考になると思う。
以前読んだが図書館で見つけて再読。高千穂さんの自転車本はノンフィクションの単行本は質が高い。構成力があるので、論理展開がよく整理されていて読みやすいので好きだ。「自転車で痩せた人」「自転車三昧」「じてんしゃ日記(一本木蛮さんと共著)」は、初心者が読む入門書では名著の部類に入ると思う。
連載中のファンライドのコラムが今ひとつなのは、トピックが短く単発的すぎるため、彼の文章の長所である論理の積み上げがあまり生かされていないから、と思うがどうだろう。
「サクリファイス」 近藤史恵 新潮社
昔から書名は知っていて気になりつつ読んでいなかった「サクリファイス」をいまさら読了。
主人公白石は陸上から転向し、強豪ロードチームでアシストとして走る選手。ツール・ド・ジャパンの出場メンバーに抜擢され、チームのエースである石尾のために献身的な働きをする彼を、スペインのプロコンチームが獲得を検討しているという。一方、石尾がかつて台頭してきたチームメイトをつぶしたという噂を聞いた白石は、その真偽を確かめようとするが…。
ツアー・オブ・ジャパンの取り上げ方もきちんとしているし、付け焼刃ではない勉強をして書いているなぁと感心。描写面でのロードの知識、理解もまっとうで極端におかしなところはないが、それでも少し頭でっかちな印象も。乗っていない人が書いている感じ。実際のところはどうだか知らないが…。
とくにそれを感じたのが、最後のレースで白尾の取った行動と、その動機。いくらなんでもそりゃないだろと解決編ですこし鼻白んでしまった。まず白尾がチームメートをつぶした理由と方法からして無茶だ。自転車乗りの倫理的には故意の落車を誘発させることの方がよほど抵抗感がある。
ミステリとしての意外性を重視して、無理にどんでん返しを多く入れたために非現実的な動機になってしまっているように感じた。スタイリッシュで読みやすく普通に小説としては面白いので、一般向きにロードレースの特殊性を判りやすく伝えている点は素晴らしい。

「エデン」近藤史恵 新潮社
前作でスペインのチームに加入した白石。現在はフランスのチームに移籍してアシストとしてツールに出場するが、チームは既に今シーズンでの解散が決定。次の契約が見つからない白石に監督がもちかけたのは他チームとの取引。チームのエースを助ける仕事を全うするか、ヨーロッパで走り続けられるよう取引に応じるか苦悩する白石の耳に、取引対象チームの若きフランス人エースがドーピングをしているとの噂が入ってくる…。
・前作もそうだが、ミステリの枠組みに押し込めずに青春空想小説に徹すればいいのに
・会社の帰りに本屋でぱらぱら読んだら立ち読みで1時間かからずに読み終えてしまった
・読みやすくて面白いが、やはり汗をかかず痛みもつらさもないようなスマートさに違和感を感じてしまう。自転車乗りの重要構成要素であるM成分が、ないがしろにされ過ぎている!

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