
前評判で自転車小説屈指の名作と聞いていたが、それも納得の傑作。
本作はハードボイルド小説であり、ロードノベルであり、スパイ物の冒険小説であり、青春小説であり、そしてもちろん自転車小説でもある。多くのジャンル要素が、無理なく一つの器に盛り込まれた贅沢さも大きな魅力だが、敢えてジャンル区分を設けるなら、「ハードボイルド自転車小説」としたい。
ハードボイルドとは、いろいろな定義があるようだが、自分の解釈では「軟弱を拒否する、男の生き方の態度/スタイルを語る小説」だと思っている。
自転車での長旅では、程度の差こそあれ、精神的・肉体的な困難に直面し、内省的な思索で自分と向き合うことになるが、それを本書では「困難に立ち向かうタフさ」として捉え、新たなハードボイルドを生み出すことに成功した。
自転車で長距離を走ることで遭遇する、困難や試練。非日常性の中で形成される、確固たる自分の価値基準。
そこから生まれる珠玉の言葉の数々が、本作を忘れがたいものにしている。
野宿について。
無銭旅行について。
地図上の細い線である国境と、それを実際に越えた者だけがわかることについて。
旅先での「借り」について。
けっして饒舌ではない主人公が時折、熱をもって語る独白は、経験と実体験に裏づけされた強い説得力を持つ。
旅の合い間に邂逅を繰り返す、聞き手の少年が、またすばらしい。
この小説が凄いのは、そういったハードボイルド的な内面描写の魅力だけでなく、エンタテイメントとしての結構もしっかりしているところだ。機密書類を巡るスピーディーでスリリングな展開。追走劇の緊張感。予想外に激しいアクションまで入るサービス精神も、まさに職人技。
冒険小説として見ても、謀略のスケールの大きさ、その現実的可能性の絶妙さはかなりのもの。冒険・スパイ小説の醍醐味の一つは舞台・陰謀のスケール感だが、これだけの大風呂敷を広げる心意気がいい。
そして、この作品を傑作たらしめているのは、締め方のうまさにもあると思う。
最後の最後で、タイトル「男たちは北へ」の重みが、一気に増す。凄い。
自転車について書かれた小説で、目下のところ、一番好きな本。
ぜひ多くの自転車乗りに読んでほしいと思う。

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